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9月10日は夏の青春18きっぷ利用期間の最終日。
残りの一枚は、千葉の外房線で大原へ行き「孤独のグルメ」で紹介された豚肉の美味しいお店でトンカツとチャーシュー麺でも頂こうと以前から決めており、最寄JR駅・津田沼へ。
昨日の台風の影響で外房線は開通しておらず、総じて内房線や総武本線など房総半島を巡る幹線も動いていないことを知る。
それではということで、西船橋から武蔵野線へ乗り新松戸へ。
常磐線で水戸或いはその手前で2カ月前に行ったレトロ建築の街並みが美しい石岡へ行こうとしたが、新松戸に到着した時点で常磐線も取手以降動いていないことが判明。青春きっぷ、1回2370円分くらいは乗って元を取りたいが、あちこちの路線で運休遅延相次ぎ、行き先についてパッと良いアイデアが浮かばない。台風の猛威は予想以上だ、祈る復旧!
とりあえず都心に向かう常磐線・上野行きに飛び乗った。
もういっそのこと青春きっぷで山手線でもぐるぐる廻ってみるか(笑笑)。
上野到着、上野東京ラインが動いていることを知る。高崎発小田原行きが直ぐに来たので飛び乗った。片道1時間20分ほど、料金的にも十分元が取れそうだ。
小田原到着は午後2時前。
すぐに小田原城へ。
前回来た時は天守閣の修復工事中だったが、今回はスッキリしたお城を見ることが出来た。
小田原城は天守閣そのものよりも周辺の門やお堀など城を固め要塞化する施設が印象的。
四代目・北条氏政の時代には武田信玄や上杉謙信の攻撃を退け難攻不落と言われていたし、天下統一の最後の仕上げと言われた豊臣秀吉の軍勢による包囲攻撃でも最後は落城したものの数ヶ月の籠城作戦を実行していた。
秀吉の来攻に備えて城下を囲む総構は総延長9kmにも及ぶらしい。
今回は早々に城を去り周囲を散策。
散策と言うよりは登山に近いほどの登り道を長時間汗だくとなって歩いた。
なるほど起伏の激しいあちこちに濠の名残りが見られ、日本最大の中世城郭の片鱗を拝み見ることが出来た。また、小田原の偉人、二宮尊徳を祀った城近隣の報徳神社も素晴らしかった。
迷走の末に辿り着いた小田原だったが、期待以上の良い時間を過ごすことが出来た。

by ptaro2009q2 | 2019-09-11 10:30 | 神奈川

群馬 桐生 (4) 一の湯 - 2

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遂にこの日を迎えることになった…。
夏の青春18きっぷの旅、第一回は毎年吾妻線・川原湯温泉駅へ行き、午後は新前橋まで折り返し、栃木・宇都宮方面へ向かう両毛線で桐生へ。
奈良時代から絹織物で栄え、「西の西陣、東の桐生」と言われた古い町・桐生、駅からの繁華街も半ばシャッター街化しており、車の通りはほどほどだが、道行く人影は極めて少ない哀しみの街だ。
昭和初期の蔵造りの町屋やノコギリ屋根の織物工場が残る街並み、重要伝統的建造物群保存地区にも選ばれているが、その中心となる本町通りを進む。
毎夏この通りを歩いているが歩を進めるうちに妙に高まる緊張感は「一の湯」の存在ゆえ。
大正時代の創業、100年を超える歴史持つ日本最古級の銭湯であるが、施設の老朽化、いやそれ以上に経営者のご夫婦のかなりの老齢化から、その存続を強く心配していた。
昨年来た時にはかなり心配、廃業したのではという虫の知らせを覚えたのだが、幸い杞憂に終わっていた。
老ご夫婦の姿は番台にはなかったものの、縁者の方なのだろうかひと回り若いオバサンが快活に番台を務められていた。後継者問題も何とかなって当面の銭湯存続に希望の灯りがともったとの印象を持ちながら銭湯で汗を流したものだった。
さて今回、そういった楽観を持ちながら訪れた一の湯、何と暖簾がないではないか。
単に休みの日かとも思い直したが、周囲をよく見るとお湯の効用を書いた看板の文字も消されている。廃業を知らせる決定的な事実だ。
あってはならぬ現実を否定しようと周囲をウロウロして営業している証を探したが、どうやら恐れていたことが現実になったことを悟る。将棋でいえば、投了だ。
100余年の歴史は遂に終わりを遂げていた。
10余年この銭湯を楽しみに毎年訪れていた桐生への旅、次回以降のモーチベーションをなくし愛した銭湯に喪失感を抱く。
その晩、宿泊した伊勢崎のホテルで、色々調べてみた。
銭湯のご主人が亡くなり、一の湯は今年初頭に廃業になった旨の書き込みがあった。
合掌。それにしても残念至極、重伝地区でもシンボリックな存在だった一の湯を公的私的、何とか存続させる手はなかったのであろうか。
そう言えば本町の通りにあったセブンイレブンの店舗も消えていたことを思い出す。
売り上げ動向・利に敏いセブンが撤退したことの意味、桐生の未来が損なわれないことをも祈って止まない。

by ptaro2009q2 | 2019-09-10 11:12 | 群馬
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8月中旬、夏の青春18きっぷの旅。
この10年強、一回目は群馬県の渋川駅から西へ進む吾妻線と決めている。
ダムの下に沈む温泉町がある「川原湯温泉駅」が旅の第一のお目当て。
長年定点観測を行って来たが、色々と魂を揺さぶられた旅になった。
この川原湯温泉街、昭和27年にダム建設計画が発表され、ダムの下に沈む町となることとなる。
反対運動等で建設も進まずの状態が50年以上続き、民主党政権発足時にはダム建設を撤回、という話にもなった。前に進むのか、このままなのか、長きに渡る住民や関係者のフラストレーションが半端なものではなかったことは容易に想像がつく。
その後自民党政権が復活、ダム建設に向け大きく舵がきられ、4-5年前には完全に旧温泉街は廃墟となり、新しい地区に移転が進む様子を見ることとなった。
毎年訪れるたびに廃墟の度合いが進み人の様子も見られなくなったことで「時計が止まった街」、というような不思議な感覚、切ない感覚を体感した記憶も新しい。
今回は、遂にダム完成も間近の状況を見る。
旧駅やこれまで周囲歩いてきた思い出の各所はホントにダムの底に沈んでしまうのだなあとの感傷もなくはなかったが、それ以上にあまりの寒々しい自然破壊の風景にココロも荒んでしまった。
写真は、全長500mほどの「八ッ場大橋」中央からダムをのぞむ。
渓谷を跨ぐ大きな橋から見る谷底の景色は壮観であるが、ほぼ完成されたダムの姿に歴史のページが新たな章を迎えることを知る。
谷底から約80m、大橋中央にはバンジージャンプ(1回2万円だと?)の小屋が設けられていたが、何故かとても虚しい。
これも恒例、移設された源頼朝の隠し湯として著名な「王湯」で汗を流すも、複雑な思いだけはお湯では流しきれなかったもんだった。青春きっぷの旅、時にホロ苦し。



by ptaro2009q2 | 2019-09-08 09:23 | 群馬
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先々週央、青春18きっぷ利用で群馬への放浪旅に出た。
高崎から信越線で30分、終着駅・横川で下車。
同駅からは軽井沢方面に向かう碓氷峠に沿って「アプトの道」なる遊歩道が整備されている。
国指定重要文化財となっている旧丸山変電所やめがね橋等を経て熊ノ平まで行くハイキングロードは片道約6kmの快適な道。緑の峠や湖あり、変電所やトンネルなどのレトロな鉄道施設あり、温泉施設もありで、一日素晴らしいアウトドア体験が出来る。
帰途は一時ゲリラ豪雨に襲われ帰還も危ぶまれたが、何とか無事にこのお気に入りの地で静かで充実した歩き旅が楽しめた。
写真は横川駅を出てハイキングロードに入って間もなくのところ。
「碓氷峠鉄道文化むら」といって、鉄道の歴史と列車が一同に集められたテーマパークが三角の山の裾野に控えて良い感じ。
鉄ちゃんならずとも、お行儀良く並んだ嘗ての名列車たちの勇姿に、そしてこれからの楽しいハイキングにこころ躍る。



by ptaro2009q2 | 2019-08-31 09:33 | 群馬
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<森ビルは8月22日、東京都港区の虎ノ門・麻布台地区に、高さ約330メートルの超高層ビルなどを建設する大規模再開発プロジェクトの詳細を発表した。330メートルのビルが完成すれば、完成予定の2023年3月末時点で大阪市の「あべのハルカス」(300メートル)を抜き、日本一の高さとなる。>
こんな記事を見かけるといささか憂鬱になる。
東京への一極集中、格差拡大のシンボルのような超高層ビル建築、ましてやかなりの高確率で来ると予想される大地震を前に、様々な懸念が頭をよぎる。
古い街並みに心惹かれるのは、こうした現代の肥大化する経済的野心へのアンチパシーでもあろうか。

by ptaro2009q2 | 2019-08-24 10:53 | 木曽路
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妻籠宿のメインストリートから一段山側に上がったところに地元の学校校舎がある。
中を覗くと、もう廃校になっているのであろうか、人の居る気配も全くない。
恐らく100年前後の歴史があるものと推測する。
江戸時代がそのまま残る街並みの裏側にある木造校舎、初めて目にした10何年前、その端正な佇まいに懐かしさを覚えるのと同時に、綺麗に維持されている様子にたいそう感心した。
後に調べてみると、明治6年に開校した「妻籠小学校」で、建物は昭和31年に改築されたのが最後のようである。ほぼ当方と同じ年代であるか、何だか仲間意識さえ湧いてくる。
平成9年に閉校となった、とあるのでもう20年以上も経っている。
廃校後も地元民に愛され、施設は彫金や陶芸、バンド活動の拠点として利用されているらしい。
外璧の一部はかなり朽ちており保存活動の大変さにも思いが至る。
校舎解体の検討もされていると聞くが、毎年この地を訪れるたびにこの校舎の姿を見て安堵する。
特に春は、校庭脇の桜並木から桜と校舎を重ねてみると涙が出てくるほどだ。
この貴重な歴史的遺産を何とか維持してもらいたいと切望する。

by ptaro2009q2 | 2019-08-23 08:17 | 木曽路
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中山道69次のうち江戸から数えて42番目となる妻籠宿。
中山道と伊那街道が交差する交通の要として古くから賑わいをみせてきた。
交通機関発達などで宿場町としての機能を失い一時は大きく廃れかかったのであるが、昭和中期以降の街並み保存運動で甦り現在は人気の観光地となった。
旅館の軒先にある大きなへちまに吃驚。
この旅館から金髪の外人サン親子三人が出てきて、もう一度吃驚。

by ptaro2009q2 | 2019-08-22 06:24 | 木曽路
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松本からJR中央西線で南下し南木曽駅へ約1時間半の鈍行列車旅。
早朝の列車は乗客も少なく、実に快適に非日常を満喫出来る。
新しい車両、四人掛けのボックスシートに一人腰掛け流れ行く車窓風景に酔う。
途中駅、「洗馬(せば)」、「日出塩(ひでしお)」、「贄川(にえかわ)」など難解・珍妙(失礼!)な駅名が続く。
首都圏では見かけないような語呂、歴史ある土地の必然か。なんだかさいはて感、というか、アウェー感があって良い。
南木曽駅からは中山道を江戸時代の旅人よろしく山林の中、農村地帯の中をのんびりと一時間歩き、妻籠宿に到着。
春夏秋冬、表情が変わる美しい宿場町、緑溢れ山も青い。


by ptaro2009q2 | 2019-08-21 06:29 | 木曽路
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「心に沁みる」とは一寸違うが、「心に引っかかる」とでも言うべき風景がある。
吾妻線・旧川原湯温泉駅から徒歩数分のところで吾妻峡谷に架かる鉄橋である。
十数年前に初めてこの地を訪れた時に、クラッシックな形状、経年劣化で良い塩梅に錆びた鉄橋に懐かしさを覚えた。
「♫ 鉄橋だ 鉄橋だ 嬉しいなぁ〜♫」 思わず童謡が甦った。
以降、ダム建設に揺れるこの地域を定点観測するように毎夏訪れるようになったのだが、この橋は当地に到着すると真っ先にご挨拶に伺う象徴的ポイントとなった。
橋から数十メートル下にはエメラルド色の吾妻川が流れる美しい峡谷、深遠な自然美は「関東の耶馬渓」と称されているが、今やこの鉄橋も立ち入り禁止地区となり、新設なった八ッ場大橋の上から遠く遠く遥かに見下ろすだけとなった。
そして来年の今頃にはいよいよダムの底に沈むことになる。

by ptaro2009q2 | 2019-08-18 09:28 | 群馬
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群馬県渋川から西へ行くJR吾妻線沿線は温泉の宝庫。
四万、沢渡、川原湯、尻焼等の温泉地があるが、やはり横綱格の大温泉街がある草津に敬意を表して訪問することにした。
此処も青春18きっぷで立ち寄るお馴染みの土地なのである。
硫黄の臭い立ち込める「湯畑」には外国人含め多数の観光客がひしめき賑やか。
土産屋や饅頭屋が並ぶ賑やかな通りを経て、何度か来ている「片岡鶴太郎美術館」に寄る。
開館してもう20年も経っているらしいが同世代の鶴太郎氏の独創的な絵画や書に感銘と羨望、そして嫉妬を覚える。
墨の濃淡、絵の具の彩色やタッチが素晴らしく、まさに魂の叫びの如き作品群、もっともっと評価されても良い。
更に進んで賽の河原公園へ。溶岩がゴロゴロ転がり湯の川からは熱い湯が迸る。
湯けむりがあちこちから立ち昇る荒涼たる風景は米国のイエローストーン国立公園を想起させた。
最後に賽の河原露天風呂に入る。
とてつもなく広い露天風呂、緑に囲まれ広い空、開放感満ち溢れる湯であった。

by ptaro2009q2 | 2019-08-17 08:48 | 群馬