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上野 (4) アメ横

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暮れの風物詩、大混雑の上野・アメ横。
正月用の食材を買い求める人が多勢集まり、道を進むのもままならぬ。
時にバナナの叩き売りよろしく、人だかりに対して値引き攻勢をかける店員サンのダミ声が響き、昔ながらのアメ横健在を印象づける。
売買は現金決済、いやキャッシュレスのなんちゃらPay なんかは使わせないぞ、の勢いがイイネ!
さて、我が大晦日は、此処何年間か同じような過ごし方をしている。
① 1年の反省を込めて手帳に個人の重大ニュースを書く。
② 前年末発売「週刊東洋経済」誌の<2019年予測>を読み返し、年頭の予測と現実の相場や出来事とを比較する。
③ 落語『芝浜』を聴く。昨年は談志の伝説となった2007年の「芝浜」を聴いたが、今年は、談志が最初に模範とした桂三木助の「芝浜」を図書館で借りて来た。聴き比べてみたい。 
いや、このところ4日連続、大晦日も仕事があるので、実は結構忙しい。
ゆっくり一年を振り返る前に多分1日が終わってしまいそうである。

拙ブログに毎度ご訪問頂き有難うございます。
お陰様で毎日更新、楽しいブログ生活を送ることが出来ました。
皆さま良いお年をお迎えください。

by ptaro2009q2 | 2019-12-31 07:55 | 東京

神田 (5) 竹むら

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池波正太郎のお気に入りの散歩コースのひとつが、神田連雀町と呼ばれていた界隈。
東京都心だが戦災を免れたため、老舗が多く残るエリアである。
最後の勤務地がこの辺りから徒歩数分のところにあったので昼夜良く出向いた馴染みの土地であった。
暮れの日には、行列に並び「神田まつや」で蕎麦をすすり、写真の甘味処「竹むら」でお汁粉かあんみつを頂くのがお決まりのコース。これで安心して年越しが出来る。
建物の佇まいも江戸情緒漂い何とも素晴らしい。
「竹むら」は昭和5年築。店内も建築当時の家具が残り、レトロ感満載で懐かしい味を満喫出来る。永遠の味にも思えてくるほどだ。
少々敷居が高くてまだ入ったことはないが、近くにはアンコウ鍋の「いせ源」、鳥すきやきの「ぼたん」など、やはり建物に独特の雰囲気のある粋な老舗があり、歩いていても思わず何度もシャッターを切ってしまう情緒豊かな散策地。作家の気分で歩くのも亦楽し。


by ptaro2009q2 | 2019-12-30 08:42 | 東京

丸の内 (4)

丸の内  (4)_b0408745_19454800.jpeg

社会人になって最初の20年ほどは勤務地が丸の内であった。
写真のこの風景も体に染み付いたものである。
入社当時は、写真左側のビル群の手前の東京海上ビルが圧倒的な高さで他を見下ろしていた。
皇居を目前としてまだビルの高さ規制があり、丸ビルや新丸ビルも現在のように高層化する前の時代の状況であるが、今改めて写真を見て、あれだけ雄壮、天を突く高さを誇っていた東京海上ビルが後塵を拝している姿に時代の変遷、時の流れの速さを感じるものだ。
さて、12月の末日は、写真中央奥に見える東京駅レンガ駅舎の南端向かいにある東京中央郵便局にその年に発行された切手を買いに行くのが恒例であった。少年時代から始めた切手収集、始めた頃は特に北斎や広重などの浮世絵の図柄に魅力され随分熱心に収集活動に勤しんだものだ。平成時代になってからは、切手自体が世間的には存在価値が薄れ、一方記念切手は乱発され図柄の魅力度も全般に今ひとつの傾向強まり、気に入った浮世絵がある切手のみ購入するようになった。今年の分はまだ購入していないが、近く中央郵便局へ出向いてみよう思っている。
少し時間に余裕が出来てきた今、切手は「集めるもの」というよりは、「鑑賞するもの」に変えて行きたいものだ。切手を眺めながら自分史を振り返るのも悪くないものだ。特に少年時代の心のひだは、切手によって甦って来る。
自分がこの世から居なくなったら我が切手コレクションはどうなることだろう。
全く切手には興味のない家族は、恐らくは売却してしまうのだろうな。思い出を捨てるのはしのびないが、いっそ自分が生きているうちに売却して夫婦旅行でもした方が良いか、などと思うこの頃である。


by ptaro2009q2 | 2019-12-29 09:37 | 東京
皇居周辺 (8) 北の丸公園 - 8_b0408745_09522753.jpeg

昨日は朝から「毎日が日曜日」のH先輩とお散歩会へ。
夕刻前にはその日が「御用納め」となった現役のKちゃんが合流、三人で忘年会の日となった。
写真はお散歩会の定例コース・北の丸公園、余り知られていないが公園北側の千鳥ヶ淵を臨む一角に小さな東屋があり、既に色を失った冬の大公園の中、唯一まだ紅葉が残っている箇所に遭遇した。
背後には小さな滝が配され、静と動。鮮やかな色彩、絵になる小景をこの季節にまだ目にすることが出来て感激。
押し迫る暮れの日に秋まだ消えず、そして、東京都心に京都あり、という風情であった。

by ptaro2009q2 | 2019-12-28 10:12 | 東京
北千住 (3) 西口 自転車のある風景_b0408745_21284510.jpeg

北千住駅西口に出ると、昭和の匂いが濃い飲み屋街あり。
雑踏を抜け、古い商店街や下町風情の街並みをあてもなく歩く。
街の垢抜けなさが何だかんだ結構心地よい。妙な安心感というか、気分も自然体となっていく。
40年以上前大学入学で上京した頃は北千住からほど近い叔父宅にひと月ほど厄介になっており若干の土地勘はあったものの、街歩きの対象として北千住に強い興味を抱いたのは此処数年ほど。今では交通至便なターミナル駅として、また再開発で複数の大学が移転するなど大きなイメージチェンジを成し遂げた。
さて、店と住宅街が混じる地区、ギザギザ状となっている路地で角を折れた時に、正面に見えたのが、写真の絵。
「警告 自転車等放置禁止」の看板、そしてその看板の前に一台の自転車。
よりによってこんな看板の前に放置する気が知れないわ。
因みに、放置されている自転車はこの一台のみで、他には不届き者は全くいないだけに随分と目立つ。
わざわざ此処に自転車を置いた人は随分と挑戦的だなぁ、いや単に鈍感なのか。
以上の一瞬の驚きは殆ど同時にデジャヴ感に似た感覚を伴って次の驚きによって上書きされる。
何とこの自転車、自分が保有するマウンテンバイクと全く同じものだったからである。一瞬自分のMTBが此処にテレポートしたのかとさえ思われたほどだ。
看板には<撤去した自転車を引き取るのには 撤去手数料3000円が必要>とあり、自分の自転車でもないのに思わず3000円あったっけ、とふと我が財布を調べたくなったほどだ。
我が分身が不届きを起こしたが如き感覚、漫画のような光景。事実は小説よりも奇なり、と言えば大袈裟か。



by ptaro2009q2 | 2019-12-27 07:25 | 東京
福岡 門司 (2)  門司港レトロ_b0408745_21483623.jpeg


<門司港レトロ>は、JR門司港駅周辺地域に残る外国貿易で栄えた時代の建造物を中心に、ホテル・商業施設などを大正レトロ調に整備した観光スポット。何ヶ所かを駆け足で廻る。

九州の鉄道の玄関口だった「JR門司港駅」から出発。重要文化財、レトロ地区の象徴。
その後次々に眼に入る建築物は石造り、レンガ造りで港の風景の中しっくり溶け込み ええ感じ~。
はるか右手には関門橋、そして対岸には山口県下関の街が見える。
「旧門司三井倶楽部」は、かのアインシュタイン博士が日本巡回の最後一週間滞在したことでも有名。
その部屋も実際に見学できた。
また当地が生んだ文学者・林芙美子の展示室も興味深かった。林芙美子といえば、森光子や現在では仲間由紀恵が舞台で演じる「放浪記」が有名であるが、我が幼少の頃にNHKの朝ドラでやっていた「うず潮」が妙に記憶に残っていて、懐かしい思いがした。川端康成への手紙など興味深く拝見した。字は正直なところ悪筆の部類だったなあ。
「旧門司税関」、嘗ての九州の玄関口としての門司の繁栄の様子が見えるようで良かった。
港町横浜や神戸にも見られるレンガ建ての館は実に端正なお顔だちである。
異彩を放つのは黒川紀章設計の高層建築「門司港レトロハイマート」。
これだけはレトロの中で現代を主張している。建設時にはさぞや景観論争が行き交ったことだったであろう。海の見える高層階に部屋を構え、毎日関門海峡を行き交う幾多の船の様子をボンヤリ見ているのも悪くないな、なんて。
「鉄道博物館」、此処では九州で過去走った電車の数々をはじめとした鉄道関係の品々が陳列されており、楽しい時間を過ごした。九州はなかなかユニークな車両が多く、田舎をのんびり鉄道で旅することを夢見ている。
最後に、門司港レトロ名物、<焼きカレー>を食べずには帰れない。
焼きカレーを売りにしているお店は多数あるが、駅にほど近いレトロなお店で賞味した。
うえにチーズを絡めたカレー味のドリア、といったところであろうか、ミッション遂行でひと安心であった。
駅へ戻る帰路、岸近くの野外ステージにてシブい中年男性がギター弾き語りで歌う大橋純子の「たそがれマイラブ」に引き付けられた。社会人なりたての頃に流行った懐かしい歌、好きな歌であった。門司レトロでちょっとレトロな曲を聴けて満足。

by ptaro2009q2 | 2019-12-26 06:05 | 福岡

岐阜 白川郷 (11)

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皆さんクリスマスを如何お過ごしであろうか。
我がクリスマスイヴは夕食でローストチキンを食べた以外は何ら特別なこともせず、普段と変わらぬ一日であった。まあ淡々と日常を送れることが有難く、心穏やかに過ごすことが出来ればもう十分である。
さて、先日『最後の一葉』を当ブログで紹介させて貰ったが、もうひとつ、同じO・ヘンリーの短編小説『賢者の贈り物』をクリスマスの頃には思い出す。
あっという間に読める極く短い作品だが、妙に胸に刺さり、やがてしみじみとする作品だ。
御存知の方も多いことと思われるが、再び、あらすじをWiki より引用する。

<貧しい若い夫妻が相手にクリスマスプレゼントを買おうとお金を工面しようとする。
夫のジムは、祖父と父から受け継いだ金の懐中時計を大切にしていた。
妻のデラは、その金時計を吊るすプラチナの鎖を贈り物として買うために、夫妻が誇るデラの美しい髪を、髪の毛を買い取る商人マダム・ソフロニーのもとでバッサリ切り落とし、売ってしまう。
一方、夫のジムはデラが欲しがっていた鼈甲の櫛を買うために、自慢の懐中時計を質に入れてしまっていた。
物語の結末で、この一見愚かな行き違いは、しかし、最も賢明な行為であったと結ばれている。>

その日の生活にも困窮する若い夫妻がお互いに相手が最も欲しがっていたものをプレゼントするために、金の工面に呻吟する。夫も妻もそれぞれ自分の最も大事にしていたものを犠牲にしてプレゼント品を手に入れたが、実際にプレゼント交換をした時には、いずれも贈り物の意味を成さなくなったことを知る、という皮肉なお話である。
皮肉ではあり切なくもあるが、暖かい。
相手を想う気持ちが何よりもの贈り物である。



by ptaro2009q2 | 2019-12-25 10:04 | 岐阜

岐阜 白川郷 (10)

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朝は8時頃からいつもラジオのFM番組を聴いている。
本日クリスマス・イヴ、番組でも流石にクリスマスソングのオンパレードだ。
時にウクレレが奏でる妙にトロピカルなクリスマスソングが流れていて、南国シンガポールで見た巨大電飾ツリーが並ぶオーチャードの大通りを思い浮かべてしまった。
まあこの季節、やはりホワイトクリスマスが情緒あるなあ、北国で育った子供時代は雪のあるクリスマスが普通のことであったものだ。
てなことで、写真は雪の白川郷。何年か前の12月下旬撮影のものである。
白川村のHPサイトにライブカメラというページがあり、高台から映す集落のライブ映像が拝見できるが、現在はまだ目立った積雪はないようだ。やはり温暖化の影響であろうか。


by ptaro2009q2 | 2019-12-24 10:03 | 岐阜

岐阜 白川郷 (9)

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年の瀬押し迫る頃だが、一線を退いた今、意外と実感も湧かない。
過去長きに渡って外資系企業に勤務していたのだが、12月のこの頃は通常の激務もヤマを越え、部下の勤務評価や給与査定も終わり、休暇消化に励む期間でもあった。もとより海外拠点の外人同僚達は殆どが既に長いクリスマス休暇に入っており、事務連絡などのメール数も一挙に少なくなる時期なので、休みは取り易い。
会社・仕事からも離れ、家族からも離れて、遠い見知らぬ土地にて「自分が誰でもない」という感覚でひとり旅している状態が好きだ。日の短い寒い12月の寂寥感が心地よい。
12月に良く行ったのは雪降る寒い地方が多かったものだが、最も印象深かったのは白川郷であろうか。
飛騨の山地を名古屋から各駅停車の遅い列車で北上、日本のど真ん中なのに強烈な「秘境感」を感じるスローな旅のゴールが高山駅からバスで行った白川郷であった。
雪の中に眠る合掌造りの集落はまさに夢の世界。
写真は、数ある我が写真の中でも最もお気に入りの一枚、生涯忘れ得ぬ一枚である。


by ptaro2009q2 | 2019-12-23 10:20 | 岐阜

皇居 (3) 東御苑 - 2

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本日12月22日は冬至。一年で最も日照時間が短い日だ。
遠い昔、北欧はスウェーデンのある街では冬至の日にはお盛大に祭りをする、という話を聞いたことがある。
元より短い日照時間が更に最も短くなった日を祝うのではなく、これからは陽が長くなる一方となるおめでたい日を祝うのだ、と知り、合点がいった。暗い環境で楽観的気分となるのは実に良い。
調べてみると、古くから日本にも同じ発想があって、「一陽来復」、冬至が「陰」の極みで翌日から「陽」にかわるという考え方である。幸運に向かっていくという意味もある。
かな文字「いろはにほへと」は最後に「ん」がくることから、「ん」には一陽来復の願いが込められており、冬至には縁起が良かった。「ゆず湯」のゆずが冬至に縁ある食べ物として浮かぶが、それ以外にも特に「ん」が2個つくものは『冬至の七種(ななくさ)』と呼ばているらしい。何とも七草にも色々あるものだ。
 なんきん(かぼちゃ)
 にんじん
 れんこん
 ぎんなん
 きんかん
 かんてん
 うんどん(うどん)
いやまあ、日本語そして日本文化の何と繊細かつしなやかで、奥深いことよ。

写真は皇居・東御苑の中、江戸城跡前の広大な芝生の縁にそびえる二本の大木。
すっかり葉を落とし、夕暮れには美しいシルエットが浮かぶ。
この地に立つと、冬の日には青々と茂ったこの二本を浮かべ、緑の季節にはすっかり葉を落とした枯れ木を頭に浮かべる自分がいる。



by ptaro2009q2 | 2019-12-22 09:29 | 東京