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浅草 (4) 宝蔵門 - 2

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雷門をくぐり土産店などが並ぶ仲見世通りを進む。
下町情緒が色濃く漂う浅草の中でも最も賑やかな一画、嘗て江戸時代にはヒト・カネ・モノがこの地に集中し江戸の中心部となっていた頃に思いを馳せる。
当初は違和感しかなかった宝蔵門とスカイツリーの組み合わせ、幾らかの時間を経てこの景観も何だか馴染んできたものだなあ。




by ptaro2009q2 | 2019-07-31 08:09 | 東京

浅草 (3) 浅草寺 - 1

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東京にもやっと梅雨明け宣言が出て、本格的夏の到来となった。
地球温暖化の影響による異常猛暑、豪雨、そしてその結果としての自然災害などこの季節に纏わる心配は尽きないが、マアこの夏も個人的には青春18きっぷ旅や山登りなど日常を離れた時間を過ごすことを楽しみにしている。
週末、所用済ませた後に寄った浅草、相変わらずの人出であった。
浴衣姿の若者が散見され、一気に盛夏到来を思わせた。


by ptaro2009q2 | 2019-07-30 07:55 | 東京

佐賀 唐津 (1) 唐津城

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あれは4年前の九州ぶらり一人旅、予定になかったのだが、博多から突如佐賀県唐津に足を運ぶことにした。
バスで1時間、意外に近い。
お目当は唐津城。豊臣秀吉の家臣・ 寺沢広高が1608年に築城。
現在の天守閣は1966年に完成したもので、最近石垣の改修工事が施された。
天守閣からの眺望は東西南北どちらを見ても息を飲むほどに素晴らしい。
北は玄界灘、唐津湾をのぞみ、麓には松浦川が注ぐ。
右手には虹の松原(国の特別名勝)と呼ばれる美しい砂浜の海岸が優しいカーブを描く。
更にその先には幻想的に見える筑豊の山並みが続き、まるで絵のようだ。
虹の松原手前の砂州に住宅がひしめきあっている形状も模型を見ているようで実に印象的だった。
景観の美しさには戦国時代や明治以降の産業隆盛などを経たこの地域の歴史の重さが沁み込んでいる。
川や湖の景観が美しいお城としては長良川の犬山城、琵琶湖の彦根城がすぐに思い浮かぶが、天守閣からの眺望においては水に恵まれたこの唐津城が最も美しいのではないかと思われた。
石炭で栄え、古くから海上交通の拠点だった唐津は歴史的建物をはじめとして想像以上に見どころの多い街。
時間が無くてまもなく博多へ戻ることとなったが、時間をかけてゆっくり見たいもの多々あり、実はその後二度ほど再訪したほどだ。
帰りのバス乗り場を探すため松浦川(結構の大河なり)を遡って歩いていたところ、ふと振り返ったら川に浮かぶ満島山。
その頂上に唐津城のある満島山は、まるで湾上に浮かぶ小島、修道院あるフランスのモンサンミッシェルのようであった。
山頂からの景色も美しかったが、麓からの景色も素晴らしいの一語に尽きる。


by ptaro2009q2 | 2019-07-29 06:22 | 佐賀
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日曜日は骨董市の日。
久しぶりに行ってみるか。
(…と思い玄関開けて様子見すると外は土砂降り、コリャ駄目だ…)


by ptaro2009q2 | 2019-07-28 07:32 | 東京

皇居 (3) 東御苑 - 2

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ほぼ週一回のペースで都内及びその周辺を一緒に散歩して頂けるH先輩と定番コースを歩く。
H先輩とはご近所のテニスクラブで知りあって以来30年の仲。世界を股にかける化学メーカーの営業マン、直近では7年間のシンガポール駐在員生活などを経て現在は悠々自適の羨ましきご身分となった彼とは、互いに第一線を退いたお気軽同士、楽しく語り、遊んで頂いている。
適量のビールやワイン、音楽、そして銭湯があればどこでもお散歩は楽し、ということだが、定番中の定番は、丸の内コース。
東京駅北口本屋で待ち合わせし、嘗て二人が勤務していた大手町・丸の内エリアを経て和田倉噴水公園へ。現役時代は週末にしか来れなかったが、今では平日に堂々とやって来れるのが嬉しい。
国内では最も威厳ありげなオフィス街・幾何学模様の高層ビル群を見上げながら、現実から隔絶された静かな小公園いや小宇宙の中で2時間ほど杯を傾けながら互いの現在過去未来を語るのは楽しい。兎にも角にも最後は「残りの人生、楽しもうぜい!」である。
IPhoneに小型スピーカーを接続させて音楽を聴く。時にジャズ・ボサノバ、時に60年代オールディーズ、時に歌謡曲(先輩は高橋真梨子ファン)。グループサウンズ特集とか、大阪の唄特集なんかも時々やる。
音楽は人を情緒的にする。アルコールも入って過去の思い出話は膨れに膨れ上がる。
気分も最高潮となったところで一次会はお開き、公園のお隣り、新装なったパレスホテルでトイレタイム、そして向かいの東御苑に入場、園内をのんびりとひと回りする。
宮内庁が管轄しているだけあり、東御苑は公園の規模や管理運営が素晴らしい。
四季の花が咲き毎週毎週主役が交代、その表情が変わる。恰もお花がリレーをしているような場所、素晴らしき大都会のオアシスである。
歩いているのは圧倒的に外国人が多く、此処はパスポートの要らない外国の如し。
江戸城跡の壮大な石垣を背に広がる青い芝生がこれまた贅沢空間、遠くには先ほど間近に見上げていた丸の内のスカイラインが見える。
酔いも手伝い気分良くなった先輩は芝生に寝転がるや1分もしないうちに深い眠り、爆睡に陥られた。


by ptaro2009q2 | 2019-07-27 09:58 | 東京
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水辺の光景が好きである。
なかんずく川の風景が良い。
源流の最初の一滴に思いを馳せるも良し、また、川の流域各所各所で異なる文化・風俗の違いを見比べたり、自然と建築との共演にも興味がある。
ぼんやり水辺を眺めておると、胎内にいた頃の本能的な記憶と安心感が甦ってくるのではないか。
最近は世界の都市、日本の地方都市を訪れた際には、(超のつく下戸なのだが)ビールやワインを片手に川辺でゆっくりとした時間を過ごすことにしているが、これもこの世に居る限り余生のテーマ・人生の愉しみにして続けて行きたいと思っている。川の美しい風景に刺激され時に絵ごころが湧いて来たり、普段余り聴かないクラッシック音楽が聴きたくなったりと、違う自分自身に遭遇するのも悪くない。
ロンドンのワーテルロー駅から歩いてテムズ川の鉄橋を渡る。
コッツウオルズの丘の近くの源流から346kmの長さのテムズ川、此処は典型的な大都市ロンドンの歴史ある風景。
近来、未来的というか突飛なデザインの超近代建築が増えスカイラインも一様ではなくなってはきたが、やはり貫禄たっぷりな伝統的景観にはココロ落ち着くものがある。






by ptaro2009q2 | 2019-07-26 11:43 | UK
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ビッグベンを訪れたこの日も「長崎は今日も雨だった」ならぬ、「ロンドンは今日も雨だった」の悪天候であった。
それでも、雨ニモ負ケズ、お登りさん丸出しであらゆるアングルからパチパチ、興奮のひととき。
テムズ川ほとりに映えるこの建物には、嘗て大英帝国で世界の覇権を握っていたお国の栄光と威厳のオーラが立ち込められている。
それにしても、東京でも隅田川のほとりに国会議事堂があったりするととても愉快ではなかろうか。

by ptaro2009q2 | 2019-07-25 06:53 | UK
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日本時間の昨晩、予想通り英国の与党・保守党の新たな党首として対EU 強硬派のボリス・ジョンソン前外相が選ばれた。
5月末(end of May) に実質退陣したメイ首相(end of May←駄洒落のつもり)に代わって、今日にも次期首相に就任の予定らしい。穏健路線を目指したメイ政権から一変、これで英国はEUからの「合意なき離脱」へ舵を切る可能性が高まった。
既に日本勢を含めた海外多国籍企業は英国から欧州大陸へのシフトを進めており、今回の話は経済的な意味でのサプライズとはならないが、米国のトランプ大統領就任以降、世界中が反グローバリズム、自国優先の思想に拍車がかかっているのが個人的には気懸りである。
<連合王国=United Kingdom>と呼ばれる英国だが、連合を構成する4国のうちスコットランドや北アイルランドあたりはいずれ独立運動が過熱して連合王国は分断、国名も国旗も変わっていくこともあるのではないか。
それにしてもこのジョンソン氏、「英国のトランプ」と呼ばれるほどに容貌・雰囲気、メンタリティ、笑ってしまうほどに良く似ておる。世界を主導すべき米英の指導者が斯くなる態とは、ロンドンの気候同様に聊か薄ら寒いものを感じる。
写真は、テムズ川ほとりにあるおなじみ国会議事堂ビッグベン。
5年前、ひとり娘が英国留学する際に一緒に訪れた。
出張では何回か訪れていたロンドンだったが個人旅で初めて間近に見たビッグベンには感激、何十回もシャッターを切ったものだ。
歴史も格調もあるビッグベンで新首相は良識を守り善政を施すことが出来るか注目だ。

by ptaro2009q2 | 2019-07-24 06:44 | UK
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青森県西部、弘前から約1時間ほどの寂しい町、金木町にある斜陽館、1907年に太宰治の父で衆議院議員であった津島源右衛門によって建てられた。
太宰治は中学進学で青森市に転居するまでは此処で生活をしたという。
建物は、この寂しい町のなかではひと際目立つ大豪邸。
680坪の地に、木造2階建て、部屋は合計19室もある。
津軽地方の町屋の間取りを踏襲したものの洋風、和風、色々な部屋があり、その広さ、部屋数、装飾品、どれもこれもただただ凄いのひと言。
明治時代には津島家が銀行業務も扱っていたことから、銀行のカウンターや金庫らしきものも残っておった。
太宰の死後1950年(昭和25年)に津島家はこの家を売却し、町内の旅館経営者が買収し太宰治文学記念館を併設した旅館として改装された。
各部屋は太宗立派ではあるが、其其ふすまで仕切られているだけで、旅館としては少々機能しずらいかという印象あり。
現在は旅館は止めて、記念館として多くのファンを集めている。
まだ物資が豊かではない時代にこれだけの豪邸に生まれ育っていれば、人生勘違いしそうである。
しかしながら、我が凡才にとっては、この豪邸と「生まれてすみません!」の太宰とを結ぶ糸が何だったのかを直感的に想像することは必ずしも容易ではなかった。
自分の弱さ、情けなさを各所で惜しげもなく告白している太宰であるが、貴族階級の出身であることの虚しさと苦悩はこの斜陽館での少年時代に培われたものなのだろう。
実は来訪前に「斜陽」を読みこの斜陽館に思いを募らせて来たのだったがまだまだ理解不足甚だしきこと痛感、もう一度キチンと太宰作品あれこれ読んでみたいと思った。


by ptaro2009q2 | 2019-07-23 06:08 | 青森
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弘前は、街のシンボルである弘前城は言うまでもなく、その周辺でも古い街並みや洋館が散見され実に楽しい街歩きが出来る。
津軽藩城下の弘前は明治以降教育に力を入れて来た。
外国人教師を多数招聘したことでキリスト教も伝わり、文明開化の波に乗って独特の洋館が建設されたという。
冬が長く厳しい本州最北端の都市にこれだけセンスの良い建物が多く立ち並ぶ様子にはたいそう驚き感激した。
写真は旧東奥義塾外人教師館。明治34年竣工。
黄色の外壁に緑の縁取りが鮮やか、赤い屋根も良い。
内部は当時の外人教師の生活の様子が再現、1階は喫茶店となっている。
窓から見えるこれら洋館のミニチュアの建造物群を眺めながらゆっくりと頂く珈琲が美味しかった。

by ptaro2009q2 | 2019-07-22 09:34 | 青森