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カテゴリ:青森( 8 )

青森 青荷温泉 (2)

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青荷温泉、幾つかの湯の中では特に「健六の湯」と呼ばれる渓流沿いにある湯が印象に残った。
浴室が天井、壁、洗い場の床面含めて総ヒバ造りで圧巻、渓流側の壁面が一面ガラス張りとなっていてとても明るく開放的。
窓を開けると渓流わきの鮮やかな紅葉が見事に残っており、一部は白雪を被っている。
紅葉に白雪、見事な組み合わせ、ガラス窓がちょうど額縁のようになっていて、湯に浸かりながらまるで絵巻物を見ているような心持ちであった。



by ptaro2009q2 | 2019-11-22 06:41 | 青森

青森 青荷温泉 (1)

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3年前の今頃の北東北・温泉巡りの旅、最初に訪れたのが青荷温泉。
青森は八甲田山中の一軒宿の秘湯で、ランプの宿と言われる。レンタカーにて弘前より東方向へ。
11月中旬を迎えたばかりではあったが流石に本州最北端の地、積雪の量も増え、幹線の国道から山道へ入ると秘境感は増すばかり。
青荷温泉、「ランプの宿」として秘湯ファンに愛される有名な温泉宿。
山間、渓谷のもと11のお風呂で湯巡りが出来る。それぞれ異なった味わいを楽しんだ。
写真にある露天風呂は混浴とのこと。
幸か不幸か先客はおらず後からも誰も来ずで、静かにぬるい湯に浸かった。
しんしんと冷える雪景色のなかでのぬるい湯はココロも体もいまひとつ暖まらず、すぐに退散す。
入浴後、この写真をFacebook に投稿すると、早速家族付き合いさせて頂いている温泉博士・銀行のI先輩から、「夫婦で此処に来たことがあります。その時にはもう1組の中年夫婦、そして女子大生二人組と一緒でした」という刺激的なコメントを頂いた。この露天風呂でどんな会話を交わしたことであろうか。
さて、当温泉のハイライトはやはり旅館のお部屋であろう。
「ランプの宿」と言われるだけあり、各部屋電気は通っていない。携帯電話の充電をしようとコンセントを探したのだが、部屋中どこにも見つからず。
電灯なし、TVなし、携帯電話の電波も通っておらず、ランプひとつの部屋、現代社会から完全に隔絶された「不便」という贅沢を楽しむ、という奴だろう。多忙な経営者やビジネスマンなども、この情報も電気も遮断された秘境の宿に良く泊まりに来てるという話を聴き納得した。
日帰客ということで休憩室をあてがわれ、火鉢を囲んで昼食を頂いたが、日本の原風景、懐かしい時間を過ごすことが出来た。ランプの灯りの幻想的空間のなか、何泊もゆっくりして風呂、食事、酒、あとは寝るだけ、余計なことも考えずに過ごすところなのであろう。

by ptaro2009q2 | 2019-11-21 10:12 | 青森
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城下町・弘前、本州最北部でありながら、歴史的な洋館が数多く並び、街歩きが楽しい街。
明治以降、弘前のある津軽藩は教育に力を注ぎ、外国人宣教師を招いたことで早くからキリスト教が伝わり、文明開花の波にも乗って独特の洋館が次々に作られたという。
写真は旧弘前市立図書館。明治39年に日露戦争の戦勝記念として建てられたもので、昭和6年までは市立図書館として利用されていた。
八角形の双塔を持つルネサンス様式の木造3階建て、屋根の色は弘前の特産品リンゴを想起させる鮮やかな赤、緑色の木枠と良く調和している。築後113年経った現在でも古さを感じさせない洒落たデザインと色彩感覚、実に素敵である。
さて話は脱線するが、「この建物は日露戦争の戦勝記念」に反応してしまった。
この一週間ほど、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』を読みながら併せてNHKの連続ドラマだった同名の作品(2009年)をDVDで見ている。DVDは全13巻、一本が90分、一年前にも見たのだが今回昨日で二回目を全巻見終えたところである。(TSUTAYAのプレミアム会員になってDVDを借り放題、色んな大河ドラマを繰り返し見ている) 。
『坂の上の雲』は読まれた方も多いと思われるが、明治維新後、近代国家たらんと外国の列強に追いつこうとする日本、そして愛媛・松山出身の軍人・秋山兄弟と俳人・正岡子規の三人の壮絶な生き様を描いた物語である。
ドラマのほうでは、豪華俳優陣が出演、そして終盤がクライマックス、日清・日露戦争の陸海戦場シーンがテレビドラマの域を超えた圧巻の描写となっており驚かされた。一部CGなども使っている筈だが、特に日本海海戦でのバルチック艦隊撃沈シーンなどは余りのリアルさと迫力、ドラマ制作にNHKが投入した資金も桁外れだったことだろう。お奨めのDVDである。
当時小国だった日本が清国やロシアという大国相手に行った戦争で、いずれにも圧倒的な兵力の差にも拘らず日本は奇跡の勝利を収め世界を驚かせた。犠牲者も多数出し戦争はやはり悲惨なものという思いしかないが、当時の日本が世界の中で独立を維持し生き残るため、戦争は避けて通れぬものだったのであろう。際どい勝利で日本は国家存亡の危機を逃れた。
戦勝記念に洋館建設、と知り、この図書館、実際どんな思いで建てられたのかと気になった。

by ptaro2009q2 | 2019-11-20 07:21 | 青森

青森 弘前 (4) 弘前城 - 1

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古いネタになるが3年前のちょうど今頃、テニス仲間とレンタカーで3人東北温泉巡りをした。
紅葉の季節になるとこれまで訪れて感銘を受けた各地の紅葉をあれこれ憶い出すが、我がベスト紅葉3位内、いやベストとランクしても良いのが弘前城の紅葉。
桜の季節も見事(と言ってもこの時期、宿を取るのも至難で、直に見たことはない)だが、色とりどりで鮮やかな紅葉を見たのは初めてであった。感嘆の声を上げ続けるしかなかった。
広い城内、ゆったりとしたスケール感あり、散策にはもってこい。
少々寒気が身にしみるが、早朝まだ前夜のお酒と疲れで熟睡している仲間たちを置いて一人歩く気分は爽快。木々だけでなく落葉の赤黄の色の鮮やかさ、何とも夢見心地となる。
時折行き交う地元のご年配の早起きオジサンオバサン、気さくに挨拶の声をかけてくれる。シャイなイメージがある東北人と勝手に思っていたが、オープンな方が意外に多く嬉しくなる。
まだひとつも実現してはいないが、現役引退したあとに国内海外、気に入った土地何ヶ所かに3-4週間位の期間住むようにあちこち長い旅をしたいのが夢である。
その有力候補のひとつに弘前を挙げている。
旅をしている時には此処に住んだらどうなんだろうという視点がいつもちらつくが、弘前、これまで何度か訪れ観察しているが何点かの我が基準を全て満たし評価ポイント高し。
弘前でのチョイ住み、そろそろ実現し毎朝弘前城を歩きたいものである。

by ptaro2009q2 | 2019-11-19 10:28 | 青森
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8月の声を聞くと日本各地で祭りの花が咲く。
思い出すのは過去7月に何度か訪れた弘前、ちょうど8月1日から1週間ほど開催される「ねぷた祭り」の準備の様子があちこちで見られた。
市民の皆さんがこの祭りにかける強い思いが色濃く漂って来る。
写真はJR弘前駅内に飾られたねぷた。
祭りの期間は三國志や水滸伝の武者絵を題材とした大小80台ほどの絢爛豪華なねぷたが 情緒ある笛や太鼓の囃子をバックに城下町弘前を練り歩く。
視覚も聴覚も刺激され、観客も全身血湧き肉踊ることであろう。
面白いことに、弘前では「ねぷた祭り」、青森市では「ねぶた祭り」と呼ばれ、こちらは音が濁る。
弘前(津軽)と青森、両市には長きに渡る対抗意識があるという話を聞いたことがある。
マア単に形状の違い(立体的で人形型のねぶた、平面的で扇型のねぷた)とか、地域による訛りの違いによるものだけだとか、呼称の違いには諸説あるようだ。
風習・文化、言葉、食....個性の強い地方は面白い、一度双方の祭りをゆっくり見比べる旅をしてみたいものだ。

by ptaro2009q2 | 2019-08-03 09:19 | 青森
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青森県西部、弘前から約1時間ほどの寂しい町、金木町にある斜陽館、1907年に太宰治の父で衆議院議員であった津島源右衛門によって建てられた。
太宰治は中学進学で青森市に転居するまでは此処で生活をしたという。
建物は、この寂しい町のなかではひと際目立つ大豪邸。
680坪の地に、木造2階建て、部屋は合計19室もある。
津軽地方の町屋の間取りを踏襲したものの洋風、和風、色々な部屋があり、その広さ、部屋数、装飾品、どれもこれもただただ凄いのひと言。
明治時代には津島家が銀行業務も扱っていたことから、銀行のカウンターや金庫らしきものも残っておった。
太宰の死後1950年(昭和25年)に津島家はこの家を売却し、町内の旅館経営者が買収し太宰治文学記念館を併設した旅館として改装された。
各部屋は太宗立派ではあるが、其其ふすまで仕切られているだけで、旅館としては少々機能しずらいかという印象あり。
現在は旅館は止めて、記念館として多くのファンを集めている。
まだ物資が豊かではない時代にこれだけの豪邸に生まれ育っていれば、人生勘違いしそうである。
しかしながら、我が凡才にとっては、この豪邸と「生まれてすみません!」の太宰とを結ぶ糸が何だったのかを直感的に想像することは必ずしも容易ではなかった。
自分の弱さ、情けなさを各所で惜しげもなく告白している太宰であるが、貴族階級の出身であることの虚しさと苦悩はこの斜陽館での少年時代に培われたものなのだろう。
実は来訪前に「斜陽」を読みこの斜陽館に思いを募らせて来たのだったがまだまだ理解不足甚だしきこと痛感、もう一度キチンと太宰作品あれこれ読んでみたいと思った。


by ptaro2009q2 | 2019-07-23 06:08 | 青森
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弘前は、街のシンボルである弘前城は言うまでもなく、その周辺でも古い街並みや洋館が散見され実に楽しい街歩きが出来る。
津軽藩城下の弘前は明治以降教育に力を入れて来た。
外国人教師を多数招聘したことでキリスト教も伝わり、文明開化の波に乗って独特の洋館が建設されたという。
冬が長く厳しい本州最北端の都市にこれだけセンスの良い建物が多く立ち並ぶ様子にはたいそう驚き感激した。
写真は旧東奥義塾外人教師館。明治34年竣工。
黄色の外壁に緑の縁取りが鮮やか、赤い屋根も良い。
内部は当時の外人教師の生活の様子が再現、1階は喫茶店となっている。
窓から見えるこれら洋館のミニチュアの建造物群を眺めながらゆっくりと頂く珈琲が美味しかった。

by ptaro2009q2 | 2019-07-22 09:34 | 青森

青森 弘前 (1) 岩木山

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弘前は、東北のなかでは最もお気に入りの都市。
4年前の丁度今頃となるが、3年連続で訪れた。
早朝広い広~い弘前城内を歩いている時に、急に視界に入ってきた岩木山。
その山容から「津軽富士」とも呼ばれている。
地元出身の太宰治は「十二単を拡げたようで、透き通るくらいの美女」と称している。
岩木山は深田久弥の「日本百名山」にも選定されている憧れの山でもある。
美しい形状、1625m、是非登ってみたい山である。
これからの人生、百名山を制覇してみたいというほのかな目標を持っていたが、岩木山登頂への気持ちが恋心のように燃え上がった。

by ptaro2009q2 | 2019-07-21 08:30 | 青森