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カテゴリ:長崎( 3 )

長崎県 軍艦島 (3)

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この軍艦島ツアーでは 島の端っこ計3か所に於いて 主催者の説明を数分づつ聞くスタイルで進行する。
時に雨も強まり、寒さも沁みる。
眼に見える荒涼とココロの中の荒涼感がぴったりと重なる。
実際にすぐ近くで見る景観は、建物は殆ど崩壊し その残骸が僅かに残っているだけ。
写真集の記憶から本当に見たい建物の廃墟は崩壊の危険性が高く、立入禁止箇所となっているようだ。
実際のところ 強風波風でコンクリートとはいえ風化が激しい建物の状況を見ると、今後建物の崩壊は加速し島の景観もかなり変わって行くのではないかと想像された。
石炭を巡るエネルギー政策の振興と変更によりドラスティックな隆盛と衰退を見せた軍艦島。
1974年の閉山後は皆島を去り一気に人の姿が消え長いこと放置されていた。
政策の変更によりこれほど極端に土地の状況が変わることは珍しいが、もしかして石油で繁栄して超高層ビルが林立し栄華を誇る中東産油国なども、新たなエネルギー手段が席巻した場合には、この軍艦島と同じ運命を辿るのかもしれない。
政策変更によって土地が変わる「未来予想図」がこの軍艦島の姿なのである。




by ptaro2009q2 | 2019-03-28 08:30 | 長崎

長崎県 軍艦島 (2)

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軍艦島に上陸。
小雨も降る鉛色の重い空、強い波風、島に打ち付ける風で大きく飛び散る飛沫。
何とも憂鬱な気象状況の中で飛び込んで来たのは これまた荒涼たる景色。
ドキュメンタリー番組で見たシリア内戦の跡か、はたまたインカかエジプト辺りの文明が崩壊して長期に放置された心象風景が甦る。
嘗て海底炭田の採掘地として栄えた軍艦島ではあるが、現在は無人の「廃墟の島」。
炭鉱施設は殆ど解体されており、朽ちたコンクリートの高層住宅だけが往時の面影を伝えている。
この島で初めて石炭が発見されたのが19世紀初頭。その後、1890年に三菱が本格的な採炭を開始した。
1916年には日本初の鉄筋アパートが建設され、その後7-9階建ての高層住宅が次々に建てられた。
最盛期には東京ドーム1.3倍ほどの面積に約5200人が暮らしていたという。
人口密度は1平方kmあたり何と5万人という異常な高さ。
島内には食堂・共同浴場・学校のほか、パチンコ店・映画館・プールと、日常生活に必要なものは何でもあった。



by ptaro2009q2 | 2019-03-27 09:01 | 長崎

長崎県 軍艦島 (1)

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長年の夢と憧れだった軍艦島訪問が実現したのは2年前。
軍艦島が世界遺産となるかなり前から廃墟ファンとして注目し、写真集や書籍などでもその特異な繁栄と衰退の歴史をインプットして来た。
さて、ツアーの予約なしで始めた長崎ぶらぶら歩きの初日午後、偶々出島からグラバー邸へ向かう途中の埠頭に差し掛かった頃に 軍艦島行きの船が出ることに気付き、直ぐにツアー参加に飛びついた。
運良く僅かに空席あり、ラッキーなことよ。
4300円のツアー代金、気象条件、なかんづく島近辺の波風が強い場合には上陸が出来ないことを了承のうえ申し込めよ、と何度も念を押された。
45分ほどで軍艦島付近へ。
長崎市内からは結構離れているが、こんなところに一時は数千人が暮らす繁栄の小島があったとは信じ難いほどだ。
上陸前に島を半周し島写真撮影タイム。そしていよいよ上陸となる。
問題なく上陸が出来たが、実際には軍艦島への上陸は、年間100日程だそうだ。
周囲の海上状況からみて、上陸が最も難しい時期は、11月~3月までらしい。
その日の午前便が悪天候で駄目だった事もあり、今回の午後便で島に上陸できたのはこれまたラッキーであった。


by ptaro2009q2 | 2019-03-26 06:19 | 長崎