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カテゴリ:大阪( 17 )

大阪 新世界 (6)

大阪 新世界 (6)_b0408745_10313914.jpeg

前篇の商店街、ディープな昭和レトロ商店街を更に奥へ進んで行く。
次第に通天閣から流れて来た観光客の姿は減り、ひなびた空気が増す。
地元度、ローカル度の深みが増し、気分はもう洞窟の中をさまよう「探検隊」なり。
素顔の大阪庶民の生活が見えて来る。
ふと視線の先には、「玉出」のド派手看板。
黄色地に赤の太文字、お世辞にも上品とは言えぬが、間違いなく目立つ看板はこれまでも新世界、天王寺周辺で時折り見かけていたもの。
実はその名前からてっきりパチンコ屋だと思い込んでおった。玉が出る、とは実に露骨な、大阪流のダイレクトなネーミングだと妙に感心したり呆れたり。
その後、「出玉」は、いや「玉出」は大阪市西成区にある地名であり、店はパチンコ屋ではなく激安で知られるスーパー、小売店であることを知って、拍子抜けしたものである。
調べてみるとこのスーパー玉出、なかなか興味深い商売をやっておられる。
ネットサーフィンしているうちに、この店を実に良く捉えていたブログに遭遇、スーパー玉出を形容しているキャプションをそのまま引用させて頂く。
 − ネオン並みにまばゆい店内
 − なにより「安さ」が爆発
 −「一円セール」も本当にやっていた
 − 外国人観光客がこぞって訪れる玉出
 – 見て驚いて笑って買う店舗づくり
 − 世界中で増殖する「玉出」ファン
いやもう「激安」は最も訴求力の高い消費者へのメッセージだが、それ以外にも面白い店づくり、買い物にエンターテイメント性を持たせようとする経営者の視点はかなりユニーク。
観賞用クリオネ3匹980円、を発売してネットで評判になったとか。(大笑)
さしずめ <玉出は関西版「ドン・キホーテ」です!>、というところであろうか。

by ptaro2009q2 | 2020-02-19 12:20 | 大阪

大阪 新世界 (5)

大阪 新世界 (5)_b0408745_10195870.jpeg

通天閣のある新世界から南方向へ、幾つかの古くて狭いアーケード商店街を潜り抜ける。
花街に続く100年ほどの歴史ある商店街、串カツ、モツ煮込みが美味い飲食店、喫茶店、雑貨屋などが続く。
幾つかの飲み屋さんは午前中から結構の人出で賑わっている。
揚げもの、ホコリ、それに僅かに色香も混じった大阪独特の濃い匂いが愉快である。
長きに渡って栄枯盛衰あるも、昭和中期ほどで歴史が止まっているようなレトロ商店街だ。
大阪でも最もディープな一画と言っても良いことだろう。
同じ大阪、中之島界隈のピカピカの高層ビル群を見て資本主義の膨張、富の偏在、強い未来志向を印象付けられたが、此処にはその対極を思わせる佳き過去への愛着がある。
写真の懐かしいお店で足を止めた。
「最新式遊技場」とある。突っ込みどころ満載の店名である。
地方の温泉街では良く見られる射的のお店、結構地元のオッちゃん達が切れ目なくやってくる様子を暫く見ていた。

by ptaro2009q2 | 2020-02-18 10:59 | 大阪

大阪 梅田 (1) 梅田吸気塔

大阪 梅田 (1)   梅田吸気塔_b0408745_10031334.jpeg

大阪梅田の地下街は膨大かつ複雑怪奇に入り組み、一旦迷い込むとなかなか目的地まで辿り着けない巨大迷路。
嘗て知人に連れて行って貰ったことがある明石焼きのお店を再訪したいと、一人で地下街を探したが小一時間探しても見つけられなかったことがあった。
写真は、そんな梅田の地下街へ空気を送り込むために作られた「梅田吸気塔」。
御堂筋の北端、阪急百貨店と阪神百貨店の間の三角地帯にあり、ステンレスの塔が5塔、あたかも巨大街角アート、オブジェのように屹立しているが、塔の上部から空気を引き込み地下街に送り込むという立派な役目を果たしている。
設計は戦後の代表的建築家・村野藤吾氏。
1963年完成というから、前回東京オリンピック開催の前の年。当時は地下街そのものがまだどの大都会でも走りの頃、時代の最先端で、この塔自体も無機質で随分未来的というかSF的である。この印象は半世紀以上を過ぎた現在も変わらない。
そもそもはある大阪建築の本でこの塔の存在を知ったのであるが、掲載されていた写真が実にクールに2本の塔の間に垣間見える一本を捉えており、強く感心した。夕暮れにステンレスの冷たい質感を重ねた良い写真だった。この写真に触発されて、大阪に数ある名建築の中でも最も興味ある建造物のひとつとして毎回訪れては撮影しているが、中々これという傑作は撮れていない。
これからも一生の友となりそうな吸気塔である。


by ptaro2009q2 | 2020-02-17 10:40 | 大阪
大阪 道修町 (2)     日本圧着端子製造 本社ビル_b0408745_07203667.jpeg

淀屋橋駅のほど近く、道修町は江戸時代からの薬の町として知られる。
現在でも武田や塩野義をはじめ名門の製薬会社の本店支店が多く集うビジネス地区ではあるが、一方古くからの町家風の建築や近代遺産としてレトロな雰囲気ある歴史的建造物が多く残り、街歩きにも楽しい一画である。
今回気になってあの建物を探しに行った。
日本圧着端子製造 本社ビルである。
2013年竣工、地下2階地上8階のビル。
御覧の通り、ビルの壁面を全て木材で囲っている。
完成当時に見た2000本の国産杉で覆われた姿はユニークで、様々なイメージが脳内を駆け巡ったものである。
外装だけでなく建物内部でも什器やデスクに木材が多用されており、柔らかなイメージ、環境への配慮といった社員や世間へのメッセージも徹底しているようで、感心したものだ。
今回の注目点は、完成から既に7年ほど経過した木材、経年変化によってどのような風合いとなっているか。
実際見た感じでは、完成当時はまだ青々としていた杉の木はやはり結構茶黒色がかって熟して来ているようだ。予想より若干変化は大きいか、という印象だった。
この木格子は約20年を目処に取り替えるものと想定しているようだ。
今後大阪訪問のおりには、この経年変化を都度見届けて行きたいものだ。
ちなみに、我が家にも15畳ほどのウッドデッキがあるが、流石に20年以上の時を経てあちこち木材の腐食が酷くなって来た。新築時は家族や友人を呼んでのBBQパーティー等頻繁にやっていたものだが、現在は一部は上を歩くのも危険、もう見る影もない。
我が家の不良資産問題、聊か深刻になりつつある。


by ptaro2009q2 | 2020-02-16 10:56 | 大阪
大阪 北浜 (1)    光世証券本社ビル_b0408745_09001149.jpeg

前篇の大阪市中央公会堂から北浜方面へ、土佐堀通り沿いに歩く。
結構歩いている道、立派なビルが両脇に続く大通りだが、ふと面白い光景が目に入った。
光世証券、とあるビル。
ビル正面の一階部分にはトンネルの入口のような大きな窓が3つ。
一番右側のトンネル入口の先に見えた景色に惹かれて恐る恐る入ってみる。
普通証券会社の一階ロビーだと、大きな株価ボードを前に個人投資家のオジサン達が株価の動きを見ながら一喜一憂する姿が見られるが、この証券会社、入り口を進むと御覧の風景、左手の自動ドアを通ると無人の受付カウンターがあるだけの超殺風景な空間。人の出入りが全くないのは驚き。
後で調べてみると、光世証券は1961年にここ大阪で設立された地場証券会社、富裕層基盤に個別株オプションに強み、とある。自己売買・ディーリングが主な収益源か。1991年には東証一部に上場というから立派なものだ。
職業柄上場企業についてはかなり広く知識があり企業の経営分析、財務分析にも興味を持っているが、光世証券には殆ど注意を払ったことはなかったなあ。それもそのはず、従業員は僅か45名。マア、山椒は小粒でもピリリと辛い、という奴か。この一等地の立派なビルでも不動産収入を得て堅実経営されているのかとつまらぬ邪推をした。
それにしても大きなアーチ型の窓から土佐堀川が透けて見えるこの光景は中々絵になるものだと感心。
ガラスの手前に施されている装飾模様も繊細かつ優美で二度感心。良いセンスだ。
生き馬の眼を抜く証券会社とは思えぬ(失礼!)穏やかな景色にココロ和んだ。
地元企業、経営者さん達の美意識此処にあり、であろうか。
それにしても、ゆっくりお散歩、普段は見えていないものでも注意して見ていると思わぬものが見えて来て面白い。

by ptaro2009q2 | 2020-02-15 09:51 | 大阪
大阪 淀屋橋 (4)  大阪市中央公会堂_b0408745_20422329.jpeg

前篇の土佐堀川ほとりのベンチ、振り返ると、大阪市中央公会堂。国の重要文化財だ。
1918(大正7)年完成。
設計顧問は当時の我が国を代表する建築家・辰野金吾氏と聞き、納得が行った。東京駅丸の内駅舎や日本銀行本店を含めた銀行建築の設計で知られた、赤レンガ建築のあの辰野氏である。
辰野式が生む独特のレンガ色の暖かさ明るさにホッとする。
歴史を紐解くと、当地とは目と鼻の先・北浜の株式仲買人・岩本栄之助氏が莫大な私財を大阪市に寄付して完成した建物らしい。
この岩本氏、米国の富裕層に倣い、株で儲けた莫大な利益は慈善事業や公共施設に投じることを良しとし、この公会堂建設に資金と情熱を注いだという。一方、第一次大戦中の相場で今度は大きな損を被り、周囲の人々からは、公会堂建設のため大阪市に寄付したお金を返還して貰えばという進言を多く受けたものの、岩本氏は「一度寄付したものを返せというのは大阪商人の恥」としてこれを拒否。その後、公会堂の完成を見ることなく、39歳の若さでピストル自殺してしまったのだという。
今回の大阪旅をする前、大阪の近代建築の本を何冊か読んでいるうちにこの話を知った。
中々切ないお話である。
建物の美しさが余計にこの話の切なさを引き立たせるようだ。


by ptaro2009q2 | 2020-02-13 22:50 | 大阪

大阪 淀屋橋 (3)

大阪 淀屋橋 (3)_b0408745_21072336.jpeg

嘗て外資系銀行で資産運用の営業職をやっており、大阪にも定期的に訪問しておった。
顧客訪問で最も出入りの多かったのが淀屋橋周辺の地域。大阪の名門大企業が集中するビジネス地区だ。
現役を引退した後も大阪滞在のおりには過去を慈しむかの如くこの地に足を運ぶが、特に夕暮れ時あたり、歩きに疲れた頃にはこの土佐堀川のほとりにやって来て、無機質なビル群と川の景色を眺めるのが好きである。
水辺の光景にはココロ和む。
河川敷が綺麗に整備されているうえに、ビジネス地区であるにも拘らず人通りも少なく、ベンチにたたずみ缶ビール片手に感傷にふけるにも極めて都合が宜しい。
さて今回強く感じたのはこの淀屋橋界隈、一気に高層のタワーマンションやホテルが増えたこと。
嘗て顧客訪問の間に寄っていた馴染みの喫茶店がなくなって大型ビルに姿を変えていたケースも何件かあったほどだ。
写真右側に見える肥後橋周辺も再開発進み高層ビルが壁のように林立している様子にも衝撃を受けた。これほどの高層ビルが本当に何棟も必要なのであろうか。根拠のない直観ではあるが、経済規模、身の丈に合った不動産開発かというと聊か違和感を抱かざるを得ない…。
「富の偏重」、「資本主義の膨張」、「格差拡大」という言葉が次々と頭をよぎったのは、現役を終えた人間のひがみであろうか。バブルが弾けないことを祈るのみである。

by ptaro2009q2 | 2020-02-12 22:13 | 大阪
大阪 心斎橋 (1)   ルイ・ヴィトン メゾン大阪御堂筋_b0408745_21093428.jpeg

大阪旅の直前に、「ルイ・ヴィトンが大阪御堂筋沿いの地下鉄・心斎橋駅南側に国内最大店舗を2月1日に開業」とのニュースに触れ、大阪に行ったら是非見に行こうと考えていた。
このブランドショップの中味や商品にはさして興味はないが、ビルのファザードが帆船のようで未だ嘗てない意匠であることに興味を惹かれた。同ブランドの数々の店舗を手掛けてきた建築家・青木淳氏の設計によるもの。
嘗て海の街だった大阪の歴史を彷彿させる菱垣廻船から着想を得て、旅する喜びを体現した、とのことだが、実際に初めて見た印象としては、帆船を強くイメージさせるほどではなく、もうひと捻り欲しかったという気分。まだ出来たばかりの建物ゆえに周囲の空気に馴染むには時間が必要であろう。
また、夜はライトアップされるので、昼間よりも見栄えが良くイメージが掴み易いかも。
ヴィトンの店舗としては世界初となるカフェ&レストラン併設の店、当面は何かと話題を集めて行くものであろう。帆船のように上手く風に乗って走って欲しい。

by ptaro2009q2 | 2020-02-10 21:57 | 大阪

大阪 新世界 (4)

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通天閣、その北側は放射線状に道路が計5本放たれており、テイストは大きく異なれどちょいとパリの街角を想起させられる。通天閣をエッフェル塔になぞらえると、まあ満更マト外れでもないかと、ほくそ笑む。
5本のうちの一本の通り、「通天閣本通」という商店街に隣接した古いアーケードの商店街がある。
100メートル余りの商店街、ソースの二度漬け禁止の串カツ屋や土産屋で賑々しい南側とは対照的に、行き交う人も殆どいない。それもその筈、何と店の8割、いや9割と言って良いだろうが、固くシャッターを下ろしておる暗く寂しい、活気とは無縁の哀しい商店街なのである。
人気観光地のお膝元で立地は悪くないものの、後継者不足なのか、いや時代の流れに追随することを拒んだ店主達が多勢いたのであろうか、かなりは既に店を畳んでしまったものと思われた。
そんな中、数えるほどの営業中のお店の一店、衣料品店が目に入った。
良く見りゃ、ご婦人向けヒョウ柄服の専門店ではないか。
販売対象の衣料品全てがヒョウ柄とはコリャお見事、そのうえ虎やライオンのかぶりもの(?)が吊るされており、凄すぎる、思わず笑ってしまった。
大阪下町の気概や明るさ此処にあり、か。
恐らく根強い固定ファンも少なくないのであろう、よくぞ生き残っておられる。
漫画チックな大阪の典型、坂田三吉にも通じるど根性此処にあり、聊かカビ臭くなっていた気分が一気に昂揚感に包まれた。


by ptaro2009q2 | 2020-02-09 21:10 | 大阪

大阪 新世界 (3)


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前編に続き大阪・通天閣の写真。
マア、当たり前の写真となってしまったが、備忘録のつもりで掲載。
今回印象に残ったひとつは通天閣の足元にある坂田三吉の碑。
「王将」の歌にも歌われた棋士、妻・小春と共に相扶け貧困と全ての逆境を克服した鬼才。大阪人の土根性を体現した地元のヒーローとして今も追慕され続けている。
碑のすぐ横に、大正2年(1913年)坂田三吉七段と関根金次郎八段の対戦棋譜、その投了図が掲げられている。164手で関根八段が投了、とある。
随分長い将棋だが、手数の多さの割りには両陣営ともそれほど王の囲いは大きくは乱れておらず、関根八段の投了は若干早いようにも思えた。坂田三吉の鬼才ぶりを読み切りリスペクトを表した関根八段だったのか、と勝手に納得してその場を去った棋力の低いオジサン(私)であった。

by ptaro2009q2 | 2020-02-08 11:55 | 大阪